21+1ー1=21
20銭縞の一覧表を最新の情報に置き換えて分析して見たのです。博物館物に関しては、書けるネタは皆無です。物は抜群に良い物でしょうが、ワクワクする息吹を最早発する事は無いのです。私自身が接する事が出来た、イギリス在住の3人が皆英国系のオークションハウスで掘出しをしています。④ゴールドスミス、⑥シャピラ、⑦ゴールドスミス、㉒某ディーラー。何れもがギボンズとロブソンロー系(一部はスイスで開催)のJAPANのロットからの掘出しです。昔のイギリスには古~いアルバムが馬鹿ほど有って、毎月のように多くのオークションハウスに、国毎に千切られて出品されていたのです。古き良き時代の大英帝国には幸が埋まっていたのです。20銭縞が判る連中なら、手彫の真偽も分かるし、竜の版別も出来るでしょう。面白いように掘出しできたと思います。キタゾノ君がロンドンに行く前に於いてはですが。➉は私で、オランダでの10頁程のリーフでした。旧韓の梨花と鷹の未使用のセットで元が取れました。本当に巧まぬ偶然なのですが、これらは時を経て色んなパターンでその全てを私が扱う事になったのです。もうこの辺で打ち止めで良いのかなと思っています。プラーベートでまともな相手から買って、それなりの利ザヤをオンしてのプラーベートディールは、余程の幸運に恵まれていないと出来ないし、冴えてないと無理なのです。今は自信が有りません。
この切手では、ディールでは縁が無かった物に対しても、それなりに関連情報を聞かされていましたが、1点だけブラックボックスに入っていた物が有りました。⑬のKG羽後久保田 3割消しです。タカハシスタンプに出たことだけは、トレースできたのですが、売れたかどうかも、落札者に関しても杳として分かりませんでした。ところが今回の記事を書こうとして、薄っすらとした情報を思い出しました。反芻すれば、当たりだと思えて来たのです。
数年前に秋田の会員さんから電話を貰いました。不幸な事件に関りがあるかもしれないエンタが、マーケットに出回っている。知っていることが有れば教えて欲しい・・です。秋田市内でお独り住まいの男性が、自宅兼事業所で亡くなられ、金目の物が盗まれて警察沙汰になっている・・。地元印の収集家としても名が通っていて、この人の物と思しきエンタが弊社に出品されているというご趣旨でした。調べましたが、ご出品のルートからは繋がりの可能性は見出せず、多分勘違いだろうで終わったのです。その際に話題になったのが20銭縞の久保田消しです。故人がお持ちで、JPS秋田支部の切手展に展示されたというお話でした。この時は、私は何らの情報を持っておらず、まさか?松田印刷では?みたいな受け止め方をしたのです。
でも、祖父江ノートの図版を見て、認識が変わりました。切手自体の状態は判りません。消印は⓷ですが、総合的な情報で、KG羽後久保田と判断して間違い有りません。でも手彫のコレクターはコレクションに入れたくは無いでしょう。値段にも依りますが、地元印のコレクターなら大珍品、ご自慢の逸品の地位に置けるものなのです。故人は、羽後の消印の大家です。弊社のオークションでも、私が覚えている位の強気のビッドをしてくれていました。いつしか縁が切れ、音沙汰も無くなりましたが、こんな哀しい事情が有ったとは始めて知ったのです。私のアンテナにかからなかった、20銭縞のKG久保田、この方のコレクションの目玉になっていたような気がします。羽後の消印コレクションは、少なくとも私の手の届く所には出て来ていないと思います。切手のアルバムは、金にならないと思われて、泥棒さんにも見向きもされなかったのでしょうか。祖父江ノートの最後の㉒を増やせたのは昨年でした。同時に私の記憶のデータベースからは⑬が消えたのです。これが表題の計算式の理由です。