時系列に並べます。
まず触れておきたいことが有ります。基本的な情報ですが、郵便切手の有価証券としての偽造は、有価証券偽造罪にはならずに郵便法により処罰されます。正確に表現するなら、太政官布告に始まり、郵便規則、郵便条例、旧郵便法、新郵便法に受け継がれます。こちらに関しては法的な空白期間は有りません。でも、収集目的での模造は意味がだいぶ違います。前回書きましたが、発端は明治42年の逓信省令です。この時以前は、法律が無く、当然処罰も出来ません。和田小太郎の偽物はそれ以前に作られており、作成時もその後も処罰の対象にはなりません。法の不遡及の概念からも、法律が出来た後なら違法な物も、許可を受ければ適法になるケースでは、法律の無い時には許可申請を出すすべがなく、当然ながらその後も届け出の義務は有りません。許可申請が不可能なので当然ながら無申請でも処罰はされません。和田の偽物が郵便法に触れるのなら作った時から違法ですが、使用済は勿論、未使用も当時としての現行の物と判断されずに郵便法でも違反にはならなかったと思います。【郵摸】は法律自体が不存在なので議論の必要は有りません。
明治42年の省令65号は逓信省が郵政省に変わった、昭和24年5月31日までの期間で法的効力を持っていました。この間に【郵摸】に触れる物は逓信大臣の許可が必要だったのです。実例も残っていて、小島勇之助氏の日本愛郵会の竜や村送りのシート写真集には許可の事実が表示されています。切手そのものに類する模造品での実例は私では思い浮かびません。許可を得ての合法品、無許可の違法品共にです。
昭和24年6月1日に、前回記した理由で、旧【郵摸】の法的効力が消えたのです。新【郵摸】の施行は、昭和47年12月1日です。この間は空白期間で有り、【郵摸】は存在しないのです。意図したかどうかは判りませんが、もし【郵摸】が有ったなら、違法になった物も数多く作られているのです。趣味の切手社=清水裕雄氏の昭和~新昭和のパケット用の模造切手、切手経済社の月雁見返りの無目打摸刻、郵便創始80年(昭和26年)及び90年(昭和36年)の郵政省や全郵普、各地の郵趣会等の竜切手他の摸刻シート、これらは昭和47年12月1日以降に作ったのなら、許可を得て無ければ違法です。でも【郵摸】空白期間の作成なので、許可申請を出すすべもなく、当然必要も無かったので、ごく自然にマーケットに流通したのです。法律が出来たからと言って、改めて許可を取る事は無理ですし、勿論必要では有りません。当時も今も違法でないので、製造者は罪に問われることは無く、販売、頒布も自由です。【東芝ゼロ円】は郵政省郵務局の許可が昭和41年11月20日なので、この期間にモロに合致しています。全郵普の90年スーベニアと同じ位置づけで捉えられるべきものなのです。どう考えても違法にはなりません。全郵普のスーベニア―を郵摸違反だとは誰も思わないのに、東芝ゼロ円に目くじらを立てる人がいることに驚きを禁じ得ません。もしそうなるなら、日本郵趣出版のカラー印刷本も、空白期間の出版で許可申請が出ていなければ全部郵摸違反になるという珍妙な理屈を主張しているのに等しいのです。有り得ない暴論です。
全くの偶然で、私の手元には東芝の作成依頼書と、それに対応した郵政省郵務局長の許可書が有るのですが、これは【郵摸】とは無関係な物なのです。この法律自体が存在しなので郵摸・許可は有り得ない事実です。ゼロ円と2本バー加刷は、郵便物の自動取り揃え押印機作成に当たっての機械の精度を上げる為のサンプルとして、東芝及びNECに郵政当局が便宜供与した物です。費用はゼロでの供与という事での大蔵省印刷局への依頼だったと思います。これを【郵摸】の法律で議論すること自体がおかしすぎる話です。
次回は今生きている【郵摸】の条文の言葉を解釈して、1月と5月の事件をアナライズして見ます。「もの」と「者」と「物」の違い、条文に有る「外国」と「郵政大臣」の読み方、「現行切手」の法が想定している定義等ですが、普通に読めば【郵摸】は法律として分かり易と思います。でも、なまじコレクターの思い込みの知識が入って来れば違う方向に向かいます。許可を受ければ合法になるのがこの法律の趣旨ですから、どうすべきかを丁寧に指針で示してくれています。違法物を摘発するのが主眼でなく、手続きを踏んで合法になるように導いてくれているのです。でも、不心得者も現れるのは残念な事実です。