2010年 夏

今回の私の動きの最大の動機になったきっかけは、故丹下甲一氏の存在です。2010年の8月か9月、松原市の故大西二郎氏宅を訪問しての帰り道、やたらと暑かった記憶が残ってます。日曜日の夕方だったと思います。突然、携帯に彼からの電話、興奮しきった口調で、「チタンが出た。これでかなり進められる。」だったと思うのです。氏の名実ともに最後の論文になった、郵趣研究の2011年の99号と100号の「科学的な分析による、偽造・変造カバー解明への試み」に詳しいレポートが載っているので、ぜひご一読願います。最初の検査は同年の5月か6月、赤外線反応を使って、朱印の水銀の有無を調べたい、水銀中毒での自主規制以前の、朱印には辰砂=水銀と硫黄の化合物が入っている、もし水銀反応が出なければ、使用年代で疑問が出るという発想でした。協力を頼まれたので、朱印が押されているカバーを数点提供しました。偽と分かっている物と、たまたま手元に来た疑問品ですが、見事に水銀反応は出なかったのです。朱印が有れば、それで分かります。でもその確率は高くない。彼のことだから、問題提起では終わりません。その後伝手をたどって動いたのでしょう。考古学の研究組織で、物の時代特定がやれる機械を持っている、確かめたいので、明治時代のカバーを、出来るだけたくさん貸してくれ、特に色んな偽物が欲しいというリクエストでした。正にXRFによる元素分析です。今となれば、コリメーター5mm、測定時間180秒は古いけど、分析能力は変わりません。でも、試料を持ち込んだ時点では、判断できる基礎データがないので、蛇が出るのか虫が出るのかは全く不明。明治のエンタの真偽というカテゴリーで、結論まで持って行った、研究所の先生が偉いのか、丹下が鋭いのか今となっては分かりません。

彼が物にした論文の結論では、①黒印で、日本で酸化チタンが抽出されていない19世紀のカバーに、Tiが有れば、それは偽物、但しTiが無くても本物とは限らない、②朱印で一応昭和30年頃以前の物として、Hgが検出出来なければ偽物、Hgが出ても、意図的に使った可能性も排除できず、真正とは断定できない・・です。着眼点は見事だけれど、ある意味、私が提供した試料がちょっと偏り過ぎていたし、何分1回だけの検証では、他の可能性を示す、異常データが出て来なかったのです。チタンの場合、インキに含まれるのは酸化チタンに限られます。金属チタンは無視して構わない。その成分が何時から日本で実用化されたがが、重要なので、今それを調べている真っ最中。話はそれるのですが、「佐伯佑三の雪景色」が偽造か否かで名誉棄損の裁判が起き、偽造の判断した、中島誠之助氏と二見書房が被告になっています。ポイントは、ルチル型チタン白が、佐伯がパリにいた時に現地に存在していたかの判断にかかってます。「雪景色」からTiが見つかったのは、まさにXRFでの分析によるのです。それだけでは無いかもしれませんが、商業的Ti不存在時期のTi存在を根拠に、偽物の判断をして訴えられるのでは、他人事ではないので、Tiの使用時期の確定を興味津々でウオッチしています。幾つかのしっかりした論文を読んだのですが、本邦での商業化は昭和12年を遡ることはないでしょう。竜から田沢までのカバーで、Ti出れば偽物です。機械を入れる際に代理店の担当者に、しつこく聞いたのです。誤読みの可能性と、検出精度についてです。誤読みはAs=ヒ素では、微量の場合、起きることが有る。土壌モードで、有害物質を探る場合は要注意、でも御社の場合は大丈夫でしょう。能力に関しては、ここ数年で、大学や研究所を中心に、300台ほど入れているけど、想定のデータが読めないという苦情は1件だけ、たぶん大丈夫でしょうという話でした。あくまで、現時点での結果ですが、弊社の場合は、読みたい元素はTiとHgだけと言って過言ではないのです。これはしっかり出ていますから、あとは誰がどういう風にチャートを判断するかということです。

丹下氏の出された結論の内、①にはちょっとした追加が必要です。弊社のデータ取りで、大正4年の本物の葉書にTiが出たのです。不存在時期にTiが出てしまいました。有り得ないデータなので、メーカーへの問い合わせを考えたのですが、弊社の分析担当の浅羽博が正解を見つけました。この葉書のポイントは、朱印に水銀が出るか否かのデータ取りのために、朱色を2か所読んだのです。Hgは1か所から出て、他は出ずですが、Tiが2か所から出たのです。何それで、いろいろ弄ってたら、どの箇所からもTiが出るのです。朱印からTiでなく、葉書からTiです。表も裏もです。それならば解決です。保存の際のビニールか、アルバム、他の絵葉書にくっついていた等の、大正4年の消印が原因で無い、ずっと後年の保存状態が原因でしょう。ひとつ勉強できました。だから、明治のエンタを見る場合も、消印だけでなく、複数の箇所を計って、消印からTiが出ても、他からは出ないことを確認しています。②の水銀はもっと多くの例外が出ています。偽カバーに昔の朱印押しというケースは無いのですが、本物でもHgが出て来ないケースも見られます。また、Hgの出現も、朱印だけでなく、竜の200文の印刷インキとか、場合によっては、黒の消印でも出ることがあるのです。私の手元にある、結論としてダメなカバーの朱印で、HgとTiが共に出た物もあるのです。この場合は、Tiが優先、Hgは朱印以外の混じりかなと思っています。ここらの想定外のデータは、機械が手元にあり、試料も時間も無制限に使える、標本の数も年代も幅広い、弊社だからでてくる現象ですが、今のところは、矛盾は十分にクリアできていると思います。例外としての、そのままでの放置では先には進めませんから。

2010年5月の後半、弊社のオークションの東京下見会で、一人の若いコレクターを捕まえました。大阪弁で言えば、「お前、あほちゃうか、ヤフーであんなもんを120万で買って!!」2008年夏頃に、突然現れた、父の収集品を出品します・・のtomopu0527、ある人物のにおいがプンプンしていました。お調子者の、yoshi・・・・が調べていて、妙齢のご婦人、お住まいは墨田区だったかな、不思議な大珍品が途切れなく出るので、話題沸騰、当然疑う人がいるので、質問欄には、偽物なら返品できますかの問い合わせが来ていました。答えはイエスなので、お兄ちゃんに言ったのです。鑑定に出してやるから、物を送れ。このボンボンは、自称プロ、集めているのは竜と飛信逓送、ヤフーの出品で荒稼ぎなので、高いものも買えるのです。2010年5月13日頃の締め切りの、「竜48文単貼 西京検査済 市内便」一瞥して、NG、鑑定も絶対にダメと思って、日本郵趣連合に送ったのです。5月31日付の請求書が現物とともにやって来ました。このカバーは真正です、鑑定料50000円、再審制度は無いので、黙って握りつぶして、従うしかありません。誰にも言えないのです。ところがもう一枚の鑑定書が有るのです。2010年10月17日付、切手の博物館、このカバーは偽物です。ただし貼付された竜48文Pos33真正です。5か月のタイムラグ、きっちりと時系列に書けないのですが、この現物が、丹下氏の記事、郵趣研究100号に正に出ています。私が見せたと書いてあるのでそうなのでしょう。博物館の鑑定に出して、丹下の最初の水銀鑑定に協力するという流れにたまたま乗ったのでしょうか。連合の鑑定結果を握り潰して、いらいらしながら待つ身の5か月は長かったのです。結論が出て、依頼人に送って、則返品、tomopu嬢は何も言わずに即返金してくれたそうです。私も、2か所の鑑定料を頂けて、ハッピーエンディングになりました。博物館の鑑定が終了した、2010年10月頃が、彼女の最後の出品になったのです。突然にヤフーから、取引停止の扱いです。データは今でも残っています。

このカバー、XRFには掛かっていません。西京郵便役所の干支印に水銀が無いことが鑑定の決め手の一つになったようです。もし今、機械に掛けたなら、西京検査済と箱場の〇丸からは、Tiが出るはずです。墨筆の宛名も後で書いた物でしょうが、これからは、Tiが出るか出無いかは、5分5分です。筆耕屋さんを何人か使っていて、特定の人物の仕事ではTiが出るのですが、違う筆跡の偽カバーからは出ないのです。消印は、依頼人本人が同じパターンで作業をするので、間違いなく足跡を残しています。

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